今村能章さんがつくるエスプレッソカップは、本当に美味しいエスプレッソを飲んでもらいたいと、COFFEE potohotoの焙煎人・山田哲史さんとともに試行錯誤を続け、約5年をかけて、つくられたものです。
器作家の視点と、コーヒーの焙煎人としての視点、そのアプローチを続けた先に、ようやく、納得のいくいまの形が生まれたと言います。
つくり手たちが、どんな想いでそれをつくったのか。
それを使い手に知ってもらうことで、「物」は、単なる「物」ではなく、豊かな、価値のある時間を生み出す「かけがえのないもの」になります。それによって使い手にとっても、またさまざまな楽しみ方が広がります。
だからこそ、知ってほしい。
エスプレッソカップ誕生の経緯を、焙煎人の山田哲史さんに伺いました。
ーーどうして今村さんとエスプレッソカップをつくることにしたのですか?
山田 これまで沖縄の器の作家さんの中にはエスプレッソカップをつくっている方もいたのですが、どれもあまりピンとこなかったんですね。というのは、エスプレッソに対してフォーカスしてつくっているというのが見えてこなくて。
ーー「小さく」つくっているだけ、という?
山田 そうですね。だから使わなかったんですよ。今村能章もそう思っていたみたいでした。今村能章は沖縄県立芸術大学の学生時代からうちのお店に来ていて、コーヒーがどんどん好きになっていって、うちのエスプレッソを好きだと言ってくれていて、「じゃあ、自分が作ってみます」と。それで、こういう形だったり、こういうカップだったらエスプレッソを美味しく飲めるというのをアドバイスしてほしいと言われました。自分は陶器に対して、エスプレッソの視点からこういうのがいい、ということを話し、彼は陶器からエスプレッソに対してアプローチする。お互いに妥協なくアプローチを乗せてつくってみようというのが最初に話したことでしたね。
ーーそれで、最初につくってきたものがこれなんですね。
山田 そうです。ただ、これは、厚みが薄くて、味が濃く出すぎたんですよ。それと、薄いのでカップが熱くなります。エスプレッソはただでさえテイストが強いのに、このカップだと強いところばかり出てきちゃって、繊細な部分が出てこなかったんです。
ーー「カップによって味が変わってくる」ということをもう少し具体的に教えてください。
山田 厚みと注いだ時に口に入り込む角度が重要なんです。角度が急だと強く出てきます。逆に言えば、ぬるいお茶だと香りが強く立ちます。こういうことは、カップをつくって試していくうちに、お互いにわかってきたことです。それで、今度は逆を行ってみようとつくったのがこれです。
ーーなるほど。今度は厚みを増したんですね。
山田 だけど今度は厚すぎた。
ーーそうなるとどうなるんですか?
山田 これまた強くなるんです。バランスが。エスプレッソには油が出るじゃないですか。クレマと言うんですが、それがうまく立たなくて、すごく強く出てくるんですよね。どうしよう、うまく出来ないねって、ここから少し時間がかかりましたね。
ーーそれからどうしたのですか?
山田 基本に戻って、イタリアのエスプレッソカップの形をあらためて見てみたんです。たとえば、有名な「illy」というイタリアのコーヒーブランドがありますが、ここのカップは、エスプレッソカップにしてもカプチーノカップにしても、ちゃんと設計図があるんですよ。厚さ、大きさ、角度まで全部計算されている。「このカップにいれなくてはエスプレッソじゃない」と言われるほどです。こちらのエスプレッソカップは自分が一番ベストだと思っているカップですが、バランスがとてもいいんです。ということで、じゃあ、悔しいけれど、この形をつくってみようと。
ーーそう考えると、イタリアのカップが研究され尽くされた上で出来上がった形だということがよくわかりますね。
山田 イタリアはエスプレッソの歴史が長いですからね。先人の知恵というのは学ぶべきだとあたらめて思いましたね。だから、先人たちがいままで積み重ねてきたことを無視しないで味方にしようと思いました。
ーーそうやってつくってきたのがこちらなんですね。
山田 取っ手はつけたくないということで、中の部分にこだわって、この形ができあがったんです。しかもこのカップは口をつける箇所によって、角度が少し違うんです。こちらから飲むとスッと直線的にエスプレッソが口に入るけど、こちらから飲むと全体的に口に広がる、といった具合です。
ーーどちらがいいとかあるのですか?
山田 全体的に広がった方がいいんです。鋭いテイストを楽しみたいという時は窪んでいるところから飲むといい。カップの内側の素材で液体の滑り方も違います。ツルッとした素材の方が口当たりがよくなります。滑っていくところで振動しないので、綺麗に滑って舌に当たります。こちらはマットな素材なので振動してきます。だから口当たりでクッと来ます。形、滑り具合によって変わりますね。甘みを感じるエスプレッソブレンドに合う形、滑り具合、華やかなエチオピアのコーヒー豆のフレイバーが香る角度、など、カップによって、その豆の良さを引き立たせることができるんです。
ーー最初の構想からここまでどのくらいの年月がかかったのですか?
山田 最初につくったものから言うと、5年かかりましたね。
ーー納得する形がこうしてできたわけですが、それでもひとつひとつ少しずつ違いがあるんですね。
山田 やっぱりできてみないとわからない。だから、出来上がったエスプレッソカップは、ひとつひとつすべてチェックして、このカップはどの豆に合うとか、このカップで飲むとこういう味わいが楽しめるとか、そのカップの特性を把握するようにしています。というのも、今村能章の作品のコンセプトとしては、自然の力を利用するというのがあるんです。完璧に狙った通りの形ではなく、自然が作用して出来上がっていくものにこそ彼が惹かれているもので、そうすることでいままでにない形ができることがあるらしいんです。だから一期一会なんですよね。
ーーそうして出来上がったものだからこそ、ひとつひとつ個々の違う魅力を放つわけで、それゆえに、こうして新しく出来上がったものに触れる時は、毎回毎回、驚きと発見、そして喜びがあるんだろうと思います。
山田 そうですね。だからこうやってつくられているということを知ってもらえたらと思うんです。そうすることで、単に「物」と「お金」のトレードではなく、「価値観」を共有したいという想いがあるんです。実際にエスプレッソカップを買った方が、必ずしもエスプレッソで使ってくれなくてもいいんですよ。そこは自由に楽しんでもらっていいと思っています。
ーーエスプレッソカップによって味わいが変わるということは、たとえば、このカップで日本酒を飲むと、その箇所によって口当たりや風味が変わるということですよね。そういう楽しみ方も知ることができる。
山田 それもこうしてバックグラウンドを知ってもらうことによって、その人なりの使い方が生まれるんだと思います。自分の好きなエスプレッソカップを見つけてもらい、大切に使ってもらえたら、それが一番嬉しいですね。
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「陶表現・今村」のエスプレッソカップは、栄町市場の「COFFEE potohoto」をはじめ、「CONTE」でもお取り扱いしております。ぜひ実物をお手にとって、彼らのこだわりに触れてみてください。もちろん店内では「陶表現・今村」のカップでエスプレッソを飲むこともできますので、口をつける箇所によっての味わい、風味の違いを感じてもらえたら嬉しいです。
COFFEE potohoto
http://www.potohoto.jp