CONTE

サウダージ、心のうた 畠山美由紀×川口大輔×中原仁(2024.3.17)

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「Eu sei que vou te amar」、直訳すると「私はあなたを愛してしまうことを知っている」、そう中原仁さんが言うと、畠山美由紀さんはしみじみと、深く納得するように頷きました。
先日の3月17日、CONTEで行ったライブは、アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・ヂ・モライス作詞による、この宿命めいた愛の歌からスタートしました。
このイベント、昨年9月に川口大輔さんと中原仁さんのふたりで開催したトークライブ「アントニオ・カルロス・ジョビンを語る、弾く、時々歌う」の第二弾として企画したものです。前回は、中原さんにジョビンの人物像に迫る様々なお話を伺いながら、それに結びつく曲を、川口さんが歌とピアノで聴かせてくれるという内容で、お話や音楽とともに、ジョビンが生きたリオという街を旅し、ジョビンの人物像に触れるような、そんないい時間となりました。
そして、今回、そこにシンガーとして、同じくジョビンを敬愛する畠山美由紀さんを迎え、より、その心の内に触れていくようなライブになればと、ライブタイトルを「サウダージ、心の歌」と題して開催したのです。

深い記憶を呼び起こすような畠山さんの歌声は、ピアノで奏でられる美しい旋律の中から、自然を、故郷を、人を愛する喜びを、それゆえの切々とした哀しみを、失いたくない大切な想いを、内側から湧き上がらせます。川口さんもまた、畠山さんを迎えることで、ジョビンの歌の中にある、様々な色彩、光や陰、揺れ動く細やかな感情を、さらに豊かに伝えられるのではないかという想いがあったのでしょう。
前回はひとりで弾き語りした「Garota de Ipanema(イパネマの娘)」は、川口さんの低音に優しく響く声と美由紀さんのたおやかな声が重なるデュエット曲となったり、また、前回にはない選曲がちらほら。
もちろん、中原仁さんによって語られる、その歌が生まれた背景や曲についての解説は、前回同様、歌への理解をより深め、さらに歌の心の奥へと分け入っていくことができました。特に、畠山さん自身、とても大切に思っている歌「Sabia」は、心迫るものがありました。「Sabia」とはツグミ科の鳥の名前。「サビアが鳴く森に僕はいつか帰るよ、今はもう咲かない花を摘んだり、もう存在しない椰子の木陰に寝たり、ありとあらゆることで自分を偽って生きてきたけれど、サビアの鳴き声を僕は忘れることはなかったのだ、いつか僕はその鳴き声のする森へ戻るよ」と、その歌詞の意訳を口にする畠山さん。それが歌詞の世界への導入となり、中原さんが付け加えます。
「60年代の終わり、ブラジルも軍事政権で表現の自由が奪われた。そういうこともあり、サビアが鳴いている、そんな素晴らしいブラジルに戻りたいという想いが込められている」と。
力強くはじまるピアノ、その激しさに、畠山さんの歌が静かに寄り添いながら、込み上げてくる感情をグッと湛えているような歌声がたまらなく切なく、また、その情熱的な演奏に掻き立てられ、畠山さんの歌からは想いが溢れ出し、そんなライブならではのエモーショナルなやりとりが幾度となくありました。それがまた、聴き手の感情をも強く揺り動すのです。
畠山さんが歌ってくれるのであれば、と、川口さんのリクエストで披露された「Tema de amor de Gabriela(ガブリエラ 愛のテーマ)」も、ジョビンを敬愛してきた音楽家同士が出会ったからこそ、ともに奏でる喜び、深い感謝がひしひしと伝わってくるようなかけがえのない演奏でした。
第一部最後は、沖縄在住のギタリスト、金川哲也さんをゲストに迎えて「Águas de Março(三月の雨)」を。一雨ごとに空気が変わっていくブラジルの夏の終わりの自然の描写を、短い名詞で重ねていく曲、と中原さん。
とにかく難曲と2人ともに口を揃えますが、2人の歌声の違いがなんとも心地よいハーモニーを奏で、ギターの軽やかな音色も加わり、楽しげに高揚していく様子は、光輝き、色を重ね、生き生きと動き出す自然の移ろいを描いた、この歌の素晴らしさを伝えてくれました。

畠山美由紀さんのオリジナル曲で構成された第2部は、北海道の釧路湿原に列車が走る風景を思い浮かべつくったという「真夏の湿原」からスタート。ここ数年、ギタリストとのライブが多かった畠山さんですが、ピアノだからこそできる曲があり、ピアノの音色が呼び起こす感情や風景というのがあると言います。一方、川口さんは数々のシンガーの楽曲を手がける名プロデューサー。今回、畠山さんのメロディの中に流れる情感や歌詞の世界を汲み取り、そのエモーションを豊かに引き出す、どこかあたたかい湿度を感じる演奏だったように思います。
特に、ある夏の恋の有り様を描いた「叶えられた願い」は一本の映画を観たような物語性を感じたし、本編最後に歌われた「わが美しき故郷よ」は、誰しもの中にある故郷への遠い記憶を蘇らせるような歌となって深く響いてきました。この歌は、畠山さんが、東日本大震災の次の日、故郷・宮城県気仙沼のことを想い、失われてしまったもの、失いたくないもの、今も確かに心にある大切な風景、大切な想いを一つ一つ確かめるように、停電の中、書いた曲。今年、震災から13年が経ちましたが、畠山さんが描いた心の風景は、時を重ね、より普遍的な郷愁の想いとして浮かび上がってきます。畠山さんの歌は、それを想い起こさせる力を持っています。時間や空間を越えていく思慕の心、それはまさにサウダージという言葉と重なり、不思議と、ジョビンの「Sabia」に込められたメッセージとも重なっていくような気がしました。

アンコールは、そんな「歌」の力に願いを託す「歌で逢いましょう」。
そして、全てを終えて、最後にもう一度、「三月の雨」を披露。リラックスモードの3人の演奏がまた心地よく、私たちも得した気分!の嬉しいサプライズでした。

さてさて、また、第3弾があるとかないとか?! そんな膨らみも感じています。畠山美由紀さん、川口大輔さん、中原仁さん、金川哲也さん、そしてお越しいただいた皆様、ありがとうございました。

PAはホールズさん! そして、写真は真栄城潤一さん、ありがとうございます!
最後はみんなで乾杯! お客様にも食べていただいたCONTEの妄想ブラジルプレートも今回2回目でしたが、初回はブラジルに寄せていきましたが、今回はかなりCONTE風になっています。こうしてまたCONTEの新しく懐かしいメニューが生まれるのだなと、それもまた嬉しかったです。